インタビュー

愛犬チャーリーとの海外移住

Mami(仮名)さん

2012年12月04日

SIKIを受講後、バリで起業したMamiさん(仮名)に、渡バリから現在に至までのお話を伺いました。

 

-Mamiさんについて教えて下さい。

バリ島在住のMamiです。2008年9月に愛犬マイケルを連れて渡バリし、今年で4年目に入ります。
外国の地で女手ひとつで起業するのは大変な苦労がありました。土地契約からホテルの運営まで怒濤の日々を
経験し、その後、ご縁会ってホテルを売却。現在は次のビジネスに向けて待機中です。

 

-現在待機中ということで、毎日どんなスケジュールで生活されているのですか?

朝起きてから、犬の散歩に行き、家事を済ませて、ネットしたり、デザインを考えたり、
時々ウブドやレギャンにリサーチに行きます。それがおおよそのパターンですね。

ラグジュアリー・リュクスというコンセプトでショップを立ち上げようと企画中です。
質のいいものを手頃な価格で提供するブランドです。
たとえば、麻100%のバックの刺繍部分に砂の様な細かいビーズを付けたり、ひと手間加えた一品物の
ハンドメイドバックやウェアも、バリで作れば凝ったデザインがコストを抑えて作れます。

実際にこのデザインを作るにはどうしたらいいか、工場を探したり、生地を探したり、
いくらで作れるのか聞いたりリサーチしています。

 

-Mamiさんがバリに来たきっかけを教えて下さい

以前から海外移住を考えていたのがきっかけです。候補地が3つあって、コンセプトは南の島。そのうちの
一つがバリ島でした。ハワイ、バリ、フィジーに一人で旅行に行き、2週間くらいずつ滞在してみました。

バリに決めたのは、一番はビザの取得が簡単だからです。
ハワイはグリーンカードがないと住めないし、働くこともできない。
アメリカで働こうと思ったら、会社に入って、スポンサーを捜してと、いろいろな申請がありすぎて、
ハワイは住みたかったけど無理だとギブアップしました。

一方でバリは会社を作ることが出来ると知りました。年が年なんで、今からサラリーマンはやりたくない、
やるなら自分の資金で会社を起こすしかないなと思いました。私の場合、働かないと生きて行けないから、
食っていくためにというのが大きいですね。
フィジーは、空港に降りたときから合わないなと感じたので、候補地として考えるのはやめました。

インターネットでバリ島情報を探している時に、たまたま広告の「インドネシア語」という文字が目に入って、
そこからSIKIのことを知りました。インドネシア語を勉強するつもりは全くなかったんだけど、バリに行くな
らやらなくちゃマズいなというのと、愛犬をどうやって連れて行こうかというのが悩みで、そのことを聞きた
くてSIKIにお問い合わせをしました。

「いいですよ」と快く返事。自分のニーズにピッタリあった

-SIKIがMamiさんのニーズにピッタリあったとは具体的には

海外移住するにあたって、愛犬をどうやって連れて行ったらいいか全然わからなかったんですね。
農林水産省の検疫のホームページを調べたけどよくわからないし、バリに知り合いがいるわけでもないので
頼る所がない。

そこでSIKIに相談したら「いいですよ」と快くお返事を下さって、これこれこの様な手配をしてくださいと
アドバイスをもらえました。(※1)

サイトを見た時点で、アパート付きのプログラムがこれでいくらいくらと、
これくらいの価格で、こんな素敵な所に住めるなら安いと思っていましたから、
サポートして下さる方がいるならここでお世話になっちゃおうと、6ヶ月のインドネシア語コースにお申し込み
することにしました。

今思うと、お問い合わせは犬のことばかり聞いていましたね(笑)
飼い主の責任があると思っていたし、連れて行けるなら連れて行きたかったので、よかったです。

 

お陰様で、バリでの生活がスムーズに始められました。
家も用意してくれていたし、送り迎えもあったのがよかったです。
私はバイクに乗れないので、着いてからすぐに車を買うことにしました。
バリでの移動手段は、歩くか自転車かタクシーしかないので、それじゃあ車買おうと。
3日目には早速ディーラーに連れて行ってもらいました。

ある程度慣れたら自分で暮らして行けるけど、どこに何があるのかもわからない状態ですか
ら、慣れるまでサポートしてもらったのは心強かったです。

サヌールでの暮らしが始まって、そこでいろいろな出会いがありました。
近所のワルンに集まる外国人とおしゃべりしたり飲んだり、お友達が出来ました。
そのうち不動産会社を経営している人を紹介してもらって、
話をしているうちに、何かやるならコスを建てるのが良さそうだと思う様になりました。

学校に行きつつ、空いている時間は現地のリサーチをし、
バリに来てから7ヶ月目に土地の契約、1年後にホテルが立ち上がりました。

れれれのおじさんでは済まなかった、ホテル経営

-れれれのおじさんとはどういうことですか?

私が住んでいたコスの管理人たちを見ていたら、とてもお気楽そうだったんですね。
家の前をほうきで掃いてればイイような、これいいじゃん、素敵なコスを持っていれば上手く回していけそう
だと思いました。
だから当初はコスを作る予定で建設を始めました。

ところが、頼んだ工務店が西洋人向けの高級ヴィラを得意とする会社で、ドアや枠線ひとつとってもクオリティ
が高く、いい値段。どうせ作るならと、どんどんお金をかけちゃって、とっても贅沢な館物が出来上がりました。

気がついたら、貸しアパートでは採算が合わないじゃない!?と、最終的に1日65ドルのホテルをすることに
なりました。そこれから怒濤のホテル経営が始まりました。

 

-開業後の印象深かったこと、めげそうになったことはなんですか

問題があり過ぎて数えきれないです(笑)
造園をしている途中で職人がいなくなったり、泥棒が入ったり、スタッフのコントロール、盗難の心配、
犬がお客さんの子供咬んじゃったとか、もういろいろな事が起きました。

その地域は、昔よく停電が起きたんですね。週に2回は6時間くらいの停電がありました。

その間、電気、エアコン、冷蔵庫が全部止まって真っ暗になってしまいます。

自家発電機を置く規模のホテルではなかったので、
お客さまに懐中電灯やロウソクを渡して過ごしてもらう
ことがよくありました。

それと、バリは物がすぐ壊れるんですよ。
エアコンが壊れるし、中でも地下水をタンクに上げる
モーターが壊れたときは大変でした。

水が来なくなったら洗面所、トイレ、シャワーが全部使
えない。ホテルのなので待ったなしでしょう。
満室だったら他の部屋に移ってもらうわけにもいかない
し、すぐメンテナンスを呼んで修理しないといけないの
だけど、バリの職人はすぐ来ないのよ。
早くて当日の夕方、翌日の朝なんていうのがザラでした。

呼んだ職人のお兄ちゃんが「これボクできないからボスを
呼んで来ます」と言って帰ろうとするんだけど、
「お前ここにいろ、電話で呼べ、来るまで帰さない!」と
ケンカ腰。それでも朝から始まって夜まで来ない。

お客さんには「すみません、今日中に直しますから!」と頭を下げて回りました。
ライフライン確保には本当に大変な思いをしました。

でもその時のがんばりで、4年間の滞在費を稼ぎだし、言葉も飛躍的に伸びました。

スタッフとのコミュニケーションにはインドネシア語が不可欠

-言葉はどうでしたか

ホテルの接客はほとんど英語を使いましたが、従業員とはインドネシア語でした。
5人中3人は全く英語が出来ず、たとえば、どのくらい出来ないかというと、
枕カバーやベッドシーツを取り替えて欲しくて「ピローケースとかベッドシーツ」と言って
も通じない。フォーク通じない、マニー(お金)通じない、それくらい英語が通じない子たちでした。
だからもう辞書!ひとつずつインドネシア語を書き出して現場で覚えていきました。

 

-SIKIでインドネシア語を受講したのではなかったのですか?

はい。していました。
インドネシア語は世界で一番簡単だと聞いていたので、軽い軽い、学校にさえ入れば、
そのうちペラペラになるだろうと軽く考えてました。でも教科書を見た途端にギブアップ(笑)

もともと日本で英会話をやっていたので、知らない単語やイデオムを強化しようと英語に
変更していました。

本格的に英語もインドネシア語もできる様になったのは仕事をし始めてからですね。

後で、『インドネシア語もしゃべれんで、こっちでビジネスしようなんて甘いわ、
そんな甘ないわ」という、在住経営者の話を聞いて、その通りだよ!と思いました。甘かったです。

日本では体験できない濃い体験

-バリで起業してみてどうでしたか

やってみて大変だったけど、でも、すごい勉強になりましたね。
それまでは、日本で23年間専業主婦で、アルバイトもしたことがなかったから。

絵を描くのが好きで、家でテキスタイルデザイナーをしようと思ったことがありました。
でもぜんぜん儲かるあてがなくて、画材の方が高くついてしまい、主人にも止めてくれと言われたり。

やりたいことがずっと溜まっていました。
一生に一度の人生だからやってみたかったんです。

 

-おもいきりやってみてどうですか

後悔しました(笑)あのまま、お気楽な奥様やってればと思うこともあります。
でも、このままじゃ納得できないから、次にどうしようかなと思っているとこです。

 

-底力がありますね!

いえいえ、どうしよう!といつも思っています。

でも、バリに来て濃い体験ができました。
本気のギリでないと生きられない状況なんて、日本ではなかなかないでしょう。

本当に必死にならないと、乗り越えられない、バリは強烈な所です。
日本は安全ですよ。そんなに騙す人はいないし、言葉もちゃんと通じるし、法律もちゃんと
してるし、その代わり、日本の都会での暮らしは上辺で生きているような感じ、本音があま
りないように思いました。
ここでは、問題に直面した時に自分しか頼るものがない、インドネシア人とのやり合いは、
自分の力が100%試されました。

苦しみながらながらも乗り越えたときの快感は大きいですね。
バリに来て強くなりました。

 

-これからバリに来ようと考えている人へのアドバイスをお願いします

今のバリは、ある程度資金がないと会社も作れないのが現実です。
小さな店舗でもけっこうなお金がかかるから、資金と言葉を揃えることですね。

今後の抱負

-今後の抱負をお聞かせください。

企画している商品たちが、クオリティの良い物が出来てきたら、日本だけじゃな
くていろんな国に紹介して行きたいです。

バリと日本の両方に拠点があって行き来するのが理想ですね。
こっちに住んでみて、改めて日本の良さが分かりました。

とは言っても、急に気が変わって居酒屋やる!とか言う出すかも知れません(笑)
まだ先のことは分からないですが、お財布のヒモは引き締めて行かなきゃと思っています。

究極幸せになりたいってことですね。なかなか手に入らない幸せを追い求めて、がんばります。

 
愛犬チャーリーとMamiさん

本日は貴重なお話、ありがとうございました。

(※1) 可愛いペットと共にインドネシアに行く方法

 

 

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